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●プロローグ

●アルゼンチン
ブエノスアイレス
ブエノスアイレス1
ブエノスアイレス2
イグアス
イグアス1(ブラジル側)

・・・ペルーへ・・・

●エピローグ

●ブエノスアイレス2 '04年12月29日(水)

昨日は、夜中の1時過ぎにホテルに戻りバタンキュー。ずっと朝早い日が続いていたので、久しぶりにのんびりと8:00頃起きた。朝食後、だんなはアルゼンチンに里帰りしている同僚に電話をかけた。一緒にお昼を食べることになったはいいが、なかなか時間が決まらない。ボカ地区にあるカミニートとレコレータ地区の美術館に行こうと思っていたのだが、ボカ地区へ単独で行くのをフロントで止められた私たちは、だんなの同僚ラファエルくんにも聞いてみた。答えはフロントと同じ。ボカ地区は治安が悪いので、カミニート自体は大丈夫だろうけど、そこに行き着くまでに間違ったところでバスを降りたり、迷ったりしたら危ないと言う。現地の人にこれだけ言われたら、従わざるを得ない。ラファエルにタクシーでどの位か聞くと、片道5ドル前後だろうという返事。ホテルから出ている市内観光は、カミニート以外も周ってくれて二人で8ドルだ。ということで、14:30のシティツアーに参加することにして、それまでの時間を一緒に過ごそうということになった。

待ち合わせの時間まで1時間くらいあったので、フロリダ通りへショッピングに出かけた。タンゴのCDを買おうとお店に入ったが、よくわからない。歌が入ってないのがいいんだけど、とだんなに言うと、「今、店にかかってるのがいいじゃん」と言って店の人に聞いてくれた。即決で、それを購入。コロン劇場で演奏されたオケのライブを収録したもので、家に帰って聞いてみたら、どの曲も素晴らしかった。だんなのナイス判断に感謝である。 その後、だんなが欲しいという皮の手袋を探してみるが、今は夏だからなかなか売ってないし、あっても結構高い。呼び込みもスゴイので、あちこち気軽に入りにくいというのもあった。しかし結局、"just looking!"と言われたのに惹かれて、思わず入ってしまった皮製品のお店で、散々迷った挙句に夫々皮のジャケットを購入。2着で320ユーロ。デザインのみならずクオリティもとても良いものだったので、お買い得だったと思っている。ちなみに私のはベビーラムで、だんなのジャケットの倍はしました。てへ。

なかなか旨いアルゼンチン・ワイン キャー肉よ肉っ
時間ギリギリにホテルに戻り、私が買ったものを部屋に置きに行き、戻ってきたらラファエルと弟さんが既に到着していた。タクシーに乗って、ラプラタ川近くのレストランに入る。彼らが選んでくれた料理は、とても美味しかった。肉も、内臓の部分の盛り合わせなんかあったりする。モツを食べる日本人にとっては、そんなところにも親しみを感じてしまう。入ったときには空いていたレストランが、どんどん混んできて、「早めに来て良かったね」というくらいになった。 市内観光の時間が近付いてきたので、全部食べ切れなかったんだけど、途中で私たちだけ帰ることに。タクシーを捕まえるとこまで付き合ってくれたラファエルに、だんなはスペイン語で「またね」と言おうとしたが、"アスタ"の後が出てこない。タクシーの運ちゃんに助け船を出してもらって、やっと"アスタ・ルエゴ"と言えたのだった。ホテルに着くまで、運ちゃんと通じないながらもスペイン語で話す。悪路にハマり体が宙に浮くと「道がデコボコしててねえ」などと言っているのは、なんとなくわかる(笑)。"See you tomorrow"は"アスタ マニアーナ"だとか、いろいろ教えてもらい、最後は"ブエノスアイレスより新年おめでとう!"と言われる。なかなか楽しい時間を過ごせた。オジチャン、ありがとう。

時間ピッタリにロビーに着いたはいいが、お迎えがなかなか来なくてイライラ。約1時間後にチャキチャキした感じの女性が恐縮しながら姿を見せた。道がすごく混んでいたらしく、それは仕方がないことだけど、こんなに遅くなるなら・・・と、食べ損なった料理にかなり未練を感じてしまった。 ガイドのオネエさんは、スペイン語と英語の両方を使って説明するので、弾丸のようにしゃべりまくっていた。道路の渋滞で遅れたことを詫びた後、あちこちでデモがあり、現在5月広場とカミニート付近は、車の出入りを封鎖しているとか言い出した。レコレータ地区を車上でガイドした後、ペロン大統領時代に官邸だったところで、現在は図書館になっている建物の前で写真撮影の時間を5分与えられた。建物の前にはエビータの像がある。故ペロン大統領夫妻は、今でもアルゼンチンの人たちに愛されているようだ。エビータは、モナコの故グレース王妃みたいなものでしょうかね。
パレルモ地区にある動物園 今は図書館 手前がエビータの像
再びバスに乗ってパレルモ地区へ。動物園やら、美しい公園だかをバスに乗ったまま眺める。公園には数匹の犬を散歩させている人がチラホラ。これはペットの散歩請負人で、れっきとした仕事だとのこと。1匹づつ料金を取るので、たくさんの犬を請け負えば結構な収入になるらしい。 彼らの写真も撮りたかったが、バスに乗りながらなので、残念ながらシャッターチャンスに恵まれなかった。 さて、バスは問題の5月広場へと向かう。そして案の定、道は封鎖され、バスで乗り入れることはできなかった。しかし、例え入れたとしても、また写真を撮る時間だけを数分与えられただけのような気がする。この日は天気も悪かったので、暑くて大変だったけど昨日のうちに来ておいて本当に良かった。 5月広場の外側を一周した後、バスはいよいよボカ地区へ。こちらは、是非とも封鎖が解除になっていてもらわないと。バスの中でひたすら念じる私であった。 さて、カミニートの前に連れてこられたのは、サッカースタジアムだ。アルゼンチンは、衆知の通りサッカーが盛んで、スタジアムの周りに住む人たちの中には、自分の家をシンボルカラーの青と黄でペイントしてしまう人もいるほど。スタジアムそばのショップは、今でもマラドーナの絵が描かれ、彼の顔がラベルになったワインを売っていた。ここで、さっそくサッカーシャツを買っている人も何人かいた。
      
ボカ・ジュニオルスの本拠地 歩道の一部も黄と青にペイント
さて、最後の目的地、カミニートは・・・無事にバスで乗り入れることができた。5月広場に入れなかったこともあり、ここでの滞在時間を長くしてくれたことも、私にとっては超ラッキーであった。なんてったって、ここに来るために参加したツアーですから。 カミニートは、ボカ地区出身の画家キンケラ・マルティンにより造られた、原色で色鮮やかに塗られた建物や壁が並ぶ100mほどの路地公園である。だから観光は10分くらいで終ってしまうのだが(苦笑)、せっかくだから来てみたかったのだった。また、ボカ地区はタンゴ発祥の地と言われている。カミニートを少しはずれると、そんな雰囲気がたっぷりするが、確かに少し危険な感じがする。だんなが、変なオヤジにお金をせびられたりしたので、慌ててカミニートに戻った。そう言えば、ガイドのオネエさんが、「昨日も殺人事件が起って・・・」って言ってたっけ。隣人同士の諍いが原因で、旅行者は問題ありませんと、慌ててフォローしていたけどね。 周りのお土産屋を覗き、かわいい色鉛筆を見つけたので、自分用とガイドブックを貸してくれただんなの後輩のお土産に買う。時間になったので、バスを駐車したところに行ってみると、私たちのバスがなかった。一瞬不安になるが、同じツアー客がチラホラいたので安心。程なくして、バスがノロノロと私たちの前に姿を現したのであった。バス停やカミニート付近には警官が立っていたし、思ったほど危ない感じではなかったが、やはりなんとなくウサン臭いのは事実である。まあ、なにはともあれ行けてよかったと、小汚いラプラタ川を眺めながらニンマリしたのであった。
色鮮やかなカミニート 猫はこんな風景にピッタリ カミニート入り口付近

ラプラタ川の色は茶色く濁っていて、お世辞にも美しいとは言い難いが、オネエさんが言うには、これが自然な色なのだそう。先ほどラファエルたちと食べたレストランの一角に差し掛かったので、どこだっけと通りを眺めていたら、途中からカメラマンの女性が乗ってきた。そう言えば、観光の始めの方で、ツアー客の各々が、この女性に写真を撮ってもらっていた。その写真の出来上がりを持って来たのだった。配られた写真を見て、二人して大爆笑。タンゴを踊っている男女の顔の部分に、私とだんなの顔が入っていたのだ。これとタンゴのCDが付いて、確か30ペソくらいだったと思う。あんまりオカシイので、話のネタに買っておいた。今見ても、ここで公開できないのが残念な程の出来栄えである(笑)。 さて、バスは7月9日大通りを通ってレティーロ地区へと戻る。フロリダ通りで降ろしてもらい、ぶらぶら。通りでは、ストリートパフォーマンスをしている人たちがいて、タンゴを踊ったり楽器を奏でたりしている。だんなと離れてダンスを観ていたら、そばにいたオバさんに話しかけられた。「ハポンか?」と聞くので頷くと、「一人で来たのか」と心配そうに言うので(推測)、「だんなとです」と指差した。「ブエノスアイレスはどう?」と聞くので、「ステキな街です。とっても楽しんでます」と答えると、オバサンもニコニコしながら「グラシャス、グラシャス」と言ってきた。英語とスペイン語での珍妙な会話だったけど、なんとなく通じるものだ。また、笑顔とボディランゲージも、私たちの強い味方であった(苦笑)。

フロリダ通りにて どっかで見た車両

この後、美術館に行こうかとも思ったのだが、それは止めにして、このままフロリダ通りを散歩することにした。あちこちにストリートパフォーマーが出ていて、それを見ているだけでも楽しい。もしタンゴを観に行くチャンスがなければ、夕方この辺りを歩くと良いかもしれない(笑)。店の呼び込みが、ちょっと鬱陶しいけどね。

さて、歩いているうちに、私は懸案事項を思い出した。地下鉄B線には、丸の内線の古い車両が走っていて、それを見たいと思っていたのだ。ちょうど行く手にB線の駅があるので、そこまで行って地下鉄に入った。モアッとする空気の中に、それはあった。だんなが言うには、クーラーが装備される前の車両じゃないか、とのこと。ブエノスアイレスの地下鉄はエアコンがないようで蒸し暑い。でも、日本の裏側で丸の内線の車両が走ってるなんて!嬉々として写真を撮る。続いてA線へ。1913年の開通で、当時東京に地下鉄を作ろうとしていた日本から視察団が派遣され、そして完成したのが銀座線とのこと。これが、ライトとか本当にクラシカルでステキだった。テンション上がった状態で写真を撮っていたら、オバチャンに笑いかけられた。係員のオニイさんが、上部のハンドルを引かないと開かないドアもある。おニイさんが、「この辺全部、木でできてるんだよ」と壁を叩いて教えてくれた(推測)。

レトロな雰囲気のA線 窓の取っ手が皮 荷物のラッピングサービス

このように、おノボリ丸出しの地下鉄散策であったが(笑)、とても楽しかった。ちなみに、A線はホームもトップの写真のように洒落ている。 さて、今度は間違えないようにLima駅でC線に乗換え、サン・マルティン駅に戻る。先日お昼を食べたレストランで夕食にしようと思ったら、そのビル自体が閉まりつつあった。仕方ないので、デパ地下のフードコートで簡単に食事を取り、ホテルに戻ったのだった。

翌日はイグアスへ出発するため、チェックアウト後ホテルでお願いしたタクシー(ハイヤー?)に乗り込む。国内線の空港に到着し、いざチェックインしようとしたら、無料でチェックインする荷物をラッピングしてくれるというのでお願いした。青いサランラップのようなものでグルグルと繭を作るかのようにラップしてくれる。これに、どれほどの効力があるのか知らないが(苦笑)、ペルーでもアルゼンチンでも当たり前のように、この機械はあった。ちょっと試してみたかったのでラッキーであった。

  





































































































































































































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